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テーマ『真の豊かさを求めて』ジャンル〜環境〜

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★第1期方針 宇宙ー地球ー世界ー日本ー島というように島だけでなくその他の部分を知ることから始まりました。




第1回1993年6月27日(日) 秋山豊寛塾長記念講演
講演テーマ『人として真の豊かさを見つける』

(講演は、宇宙体験談に始まり、地球環境問題についてお話しされました。以下講演の中から。)


 宇宙にいる間は、様々な仕事があり、ゆっくり地球を眺める時間が無く、地球に帰還するまであと3時間となった時、宇宙船『ミール』の個室から初めて地球を眺めました。その時、最初に見たのは地球の影の部分、つまり太陽が当たらない部分で地球でいう夜でした。島の闇も拝見しましたが宇宙から見たそれは、正に漆黒の闇であり、金の砂をまいたごとく無数に星の世界が拡がっていました。
 やがて太陽が見え(ミールは地球を90分で一周する)真っ白に輝きだした時こんなすばらしい変化を見ることができ、何とも気持ちのよい時間、あるいは一瞬を味わえたと思い、『宇宙に行ってみたいなあ、宇宙飛行士になりたいなあ』と感じた子供の頃の夢が実現したと思い、同時に様々な問題を抱える我が地球の進路について思いがめぐりました。
 戦後、私達の兄、姉、親、祖父、祖母は、より豊かな生活を目指し、一生懸命働きました。
 その結果、80年代はそれこそバブル経済と言われる様な、お金に換算される豊かさを得る事ができました。そういう豊かさの反面、私達は何かを忘れた、あるいは、何かを失ったのではないでしょうか。
 21世紀を前にして、困難な時代へと進んでいるのではという予感をしながら、現代に存在しているのではないでしょうか。
 これから10カ月間、”真の豊かさとは何か”を求めるため、塾生と共に勉強していきたいと思います。

第2回1993年7月25日(日) 地域プランナー芹沢高志先生
講演テーマ『21世紀に向けた地域開発とエコロジー』〜環境を計画する地域開発〜

 ”これから、我々人類が地球という惑星に対して何をしていくのか”近年、人はことあるごとに地球が例えようもないほど美しく生命に溢れていることを再認識しつつあります。宇宙からの映像を見れば、この星がいかにかけがえのないものか確信できます。
 科学者や生態学者、環境問題の専門家などの研究から、我々は地球の複雑さやもろさについても知識を深め、その理解は急速に再構築されつつあります。
 合理的で快適な生活を求め続けた結果、本来の人間そのものの健全な生活や他の生命体の存在を脅かすものとなっている現在、土地利用の可能性の捉え方、生物の環境適応や相互進化など、様々な分野から検討し「環境を計画する地域開発」がもはや当たり前の事として、受け入れられる時代になるでしょう。
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島民塾研修交流視察1993年9月8日〜11日福島県滝根町

sisatsu.JPG 滝根町は人口5500人の山に囲まれた緑豊かな町で全国に誇れる鍾乳洞「あぶくま洞」や秋山塾長が村長をつとめる、天文台、プラネタリウムからなる「星の村」があります。
 視察の目的は1あぶくま塾と島民塾の塾生間の問題意識を共有し、人的ネットワークを形成する。2 塾として大先輩のあぶくま塾が、これまで手掛けてきた活動を通じ、その姿勢を学ぶことでした。
 現地1泊の視察でしたが、あぶくま塾生との交流会は双方に共通する話題もあり、夕食をはさみ7時間にも及ぶ討論会に発展し、おおいに学ぶ機会となりました。


第3回1993年9月26日(日) ジャーナリスト宮本潤子先生
講演テーマ『消費者から見た日本経済』〜環境の悪化・自然災害は、経済を揺るがす〜

miyamoto.JPG  現在、地球の温暖化が進行中。90年〜91年の間に地球上の温度が0、3度上昇しています。仮に北極の氷が溶け、海面の水位が1cmあがったとすると砂浜が1mも減少すると言われています。温暖化によってエルニーニョ現象が多くなり台風が増え、地球の表面の温度が上がり砂漠化が進み、自然が破壊されることによって農作物等にも被害がでてきます。
 88年に開かれたトロント会議では(地球の温暖化は)「核戦争の次に危険なものである」とされ、各国政府間で宣言されました。日本では、91年に環境庁が「人類が化石燃料を含む資源を現在の割合で続けるなら一国の破壊では止まらず、地球全体とそこに住むあらゆる生物を破壊するような危険を作り出してしまう恐れがある」という最終報告をだしました。
 温暖化を防ぐための方法として、省エネルギーがあげられます。二酸化炭素の排出量が多い国は、アメリカ→ロシア→中国→ドイツ→日本の順になっており、日本は91年から減少していますが、温暖化は50年代のレベルにならないと止められないと言うことです。
 またこのほか、自然災害も直接的な被害だけでなく、経済に様々な影響を与えています。例えば保険会社ですが、相次ぐ災害により、支払いができなくなり世界では保険会社が次々に倒産しています。保険会社が無くなれば私達の生活にも影響してくることは言うまでもありません。日本とて例外ではありません。北海道の奥尻島の大地震や長崎県雲仙普賢岳の噴火などの大規模な災害が続けば、経済に影響がでてきます。
 地球の温暖化は人間が作った結果でしょうが、大きな目で見れば、地球に対しての消費者である人類は、未来に向け様々な問題を早く解決していかなければなりません。


第4回1993年10月31日(日) 生物学者赤井 裕先生
講演テーマ『生態系としての自然と人間』〜真の環境教育とは〜

akai.JPG  日本では、身近な生物達が絶滅の危機にさらされています。特に水環境が生態系破壊の最前線であり、調査では187種のうち41種が環境庁のデットデーターブックに載っています。また、淡水魚では、日本産で20%が絶滅状態です。
 例を挙げると、日常どこでも見られるメダカなどが絶滅の危機にあります。たんぼなどの乾田化が進み、農地の中の用水路で治水能力を持たせようと2m近く掘り下げた結果であり1周りをコンクリートの枠で固めた為に、川に流れた魚が戻ってこれなくなったことなどが理由です。
 人間の現在と未来の存続を保証するためには、今生きる住民一人一人が自然環境の維持と回復の為の働きかけをする必要があります。ところが、人類による自然環境の悪化は、とどまるどころか現在もなお加速しています。そこで自然界や地球環境に対して強い関心を持ち、自然や環境と、人類による悪影響の現状について正しく理解し、環境の維持と回復の為に役立つために、自分に可能な行動とは何かを判断する能力を持ち、実際に必要な事を行える人を育て広めていく必要があります。ところが現在の日本や多くの発展途上国等では、環境教育が十分には普及していません。ここ数年盛んに環境教育の推進が叫ばれている日本では、教育者や指導者の誤解のために、良質な環境教育プログラムが普及しないだけでなく、自然観察を楽しんだり、自然に触れるだけの体験イベントや観察会そのものを環境教育と呼ぶ例もあります。でも大切なのは体験ではありません。「今の子は自然と触れ合う機会が少ないから」ということは、人形形成の一端に非常に役立つことですが、これは、あくまで教育の一つの出発点で、体験を多く積んだからといって環境教育の目的が達成されたとは決していえません。これは今から30〜40年前の子供達(現在の大人)が、現代の子供よりも何倍もの自然体験を持っているにも関わらず、現在の環境破壊社会を推し進めている事からも明らかなことです。
 私達は、自然を学ぶ際に今一度『環境教育』の大切さと次の世代の子供たちへの教育指導を再検討する必要があるのではないでしょうか。
 環境教育とは、第1段階『興味』第2段階『知識』第3段階『態度』第4段階『技能』第五段階『評価能力』これらが備わってはじめて環境教育といえる。

第5回1993年11月28日(日)コンセプトプランナー中村かつろう先生
講演テーマ『自然と共存するリゾート革命』〜閉鎖系概念、バランス・キャリング・キャパシティ〜

nakamura.JPG  ★中村先生の夢は”マンタ”になること★
 マンタのように、この星では仕事と遊びの区別がつかない生物がいます。これからの生物は、環境が破壊(人間の手による破壊を含む)されれば生存し続けることはできません。地球は宇宙に浮かんだ一つの島であり、私達が住むことのできるのは、今の所この星だけであり閉鎖系概念の中で存在しています。
 そのような意味からすれば、島(式根島を指して)は全てが蓄積されている最先端の世界だと言え、その限られた世界で生存していくためには、常に『バランス』が必要です。
 一つの閉鎖系の中には許容の限界があります。それは自分に置き換えれば容易にわかるでしょう。例えば式根島に年間3万人の観光客が訪れています。これが何倍にもなれば公害などの様々な問題が生じます。このように、自らの許容範囲、つまりキャリングキャパシティを認識し開発していくことが必要である、これこそが観光地のスタンダードを決めているのではないでしょうか。
 社会的な現象として余暇時間の増大が挙げられますが、これまでのバブル時代のようにお金に換算されたサービスでは、将来見込みがありません。サービスとはサービスコミュニケーションの蓄積であり、新しいサービスをキャリング・キャパシティの中で開発していかなければなりません。またハード面から言えば、お金の掛からない物、例えば”湯加減の穴”のように、それ自体で多くの人に触れることができ注目されるような抽象度が高い物が有効になってくるでしょう。何が大切なのかを考え、ある視点から見直せば、まったく違ったものが見えてくるはずです。
★マンタ・・イトマキエイ科の軟骨魚、オニイトマキエイの総称。体盤長5m以上に達するものもある。全世界熱帯地域に分布する。マンタエイ。


第6回1993年12月12日(日)イベントプランナー佐野俊之先生
講演テーマ『イベント展開の着想と発想』〜イベント成功のためのキーポイント〜

sano.JPG  (講義はまず塾生から島のイベントに対し感じることを述べてもらった。意見:盛り上がらない・村民全員が知らない、また知ろうとしない・参加したが内容、目的が十分理解できなかった・興味がなくてもかりだされた・労力を使ったわりに満足感がなかった。など。その後、イベントの情報発信、経済効果、地域連帯、集客についての講義があり、実際のイベント例から)
 来場者のターゲットを若者にしたイベントを企画した時の事で、会場の入り具とのドアを重く開けにくいものにしたところ年配者の数が激減しました。(笑)このような思い切ったことができたのは、そのイベントの目的がハッキリしていたからです。多くのイベントは行為そのものが目的となってしまって、本来の目的や役割が関係者の間で薄れてきているのではないでしょうか。
 80年代には有効であったマーケティングデータを集めて行ったイベントも90年代にはオリジナリティを低下させるとして通用しない傾向にあると言えます。時代の変化に伴い人の心の変化もつかんでいかなければなりません。


第7回1994年1月23日(日)環境研究家山下弘文先生
講演テーマ『地域開発の視点と問題点』〜最大の資源は人である〜

yamashita.JPG  野崎島は、五島列島の北部に位置する人口14名の細長い島で海岸には岩脈や海食洞などの自然の造形物がたくさんあり、砂浜は主に細かい貝殻からできていて白く素晴らしい海水浴場となっています。また、野生のシカ700頭(推定)が生息していて、日本全土でこれほど大型の野生哺乳類を見ることのできる環境はめずらしいと言えます。そしてこの島には旧学校を改装した『野崎島ワイルドパーク自然学塾村』があり、私はここに住み込み管理・運営と海産物の調査研究に携わってきました。
 自然学塾は周りに柵が張られ、人間がオリの中で生活して、シカがオリの中の人間を観察しています。
 今、様々な場所で施設ができていますが、大切なのは運営する人です。その人ですべてが決まります。塾には宿泊施設があり、私の話を聞きに企業の社長さんや家族連れ、子供たちが訪れます。特に子供たちとは一緒に学び楽しみます。そこで必要なことは、子供のレベルに溶け込んでいくことです。これはすべてに言えることで、例えば公園を造るとすると、”遊びの主役”である子供に聞けば、その公園は立派に機能する公園となるでしょう。
 私は地域づくりを進めていく上で、その地域のかってのガキ大将に話しを聞きます。なぜなら彼らは遊びの主役であり、昔のことを良く知っていて、本来は必要なことであるにもかかわらず、今は失なってしまっている事を見つけることができるからです。地域づくりに人は不可欠です。宮崎県の綾町は、町を良くしようと意欲を持った人達が多く、買い物をしても店のおばあちゃんの顔や働いている人がいきいきしています。素晴らしい自然と人がいる綾町を訪れれば、自閉症も治ると町長はおしゃっていました。
 どの地域でも人こそ財産であり、人こそ最大の観光資源であります。本来、魂を入れるのにお金を使うべきです。
 これから少なくても5年後に島の時代がやってきます。島民自ら魅力を感じる島になるために、まず一人一人が島の専門家になって下さい。


島民塾修了生の皆さんへ 

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 島を訪れるたびに、島を離れるたびに、私の心の中に顔を覗かせるのが『島民塾』とはこの島に暮らす人々にとって何なのか、どう在るべきなのかという問いでした。
 「リーダーの養成」が役場の方々が掲げた旗でした。そこで第1期島民塾の塾長をお引き受けした時に私が考えたのは、まず「リーダーが当然備えるべきものは何か」でした。そして私は、何よりもまず「見識」ではないかと思いました。地球的規模からの視点を獲得していくこと、地球的規模で現在求められているテーマを考える上での基礎的な知識を持っていること、そして、こうした問題を新島・式根島という具体性との関連で考える”姿勢”を持っていること。
 この3点が「見識」の基準になり得ると考えたわけです。これが「環境」を第1期島民塾のジャンルとした理由です。
 時代はあたかも大きな曲がり角をまわろうとしているかのようにも見えます。様々な改革という名の変化も起こるかもしれません。この状況を見つめる時何らかの基軸、あるいは原点が必要です。そうしたものとして私は「環境」を据えました。私達が自然と共に在ることは、島の人々にとっては恐らく当たり前の事業でしょう。その当たり前の事を地球的規模で捉えなおし、その為に必要最低限の情報を整理し、共有できればと思いました。
 果たして、この目標に向かっていかほどの歩を進め得たか、不安が無いわけではありません。
 講義の回数は極めて少ないものでしたが、ここ1年、講義に出席して下さった諸先生方は、いずれも、更に詳しい情報を求めて接触を図れば、快く対応してくださる方々なわけです。
 出会いの契機をどう活用するかは塾生の皆さんの姿勢如何です。
 塾生の方々が、この1年に得た「何か」を出発点に更に「遠くまで」に進まれることを祈ります。

第1期島民塾長 秋山豊寛
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